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自由の文化2014.09.13 Sat

「じゃあ、俺、来年からタイに移住するわ」 と決めたたった一つの理由(鈴木健太)

幕末の維新志士に憧れて

鈴木健太です。突然ですが、来年からタイに移住します。まだ、何をするか具体的なことはこれからですが、おそらく1年は現地の人と一緒に汗流しながら現場で働きながら、自分の得意な現場への着火(モチベーションの喚起ややりがいの創造)と営業活動をしようと思っています。

何で、まだ具体的じゃないのに、妻と2歳の娘を連れてタイ語も話せないのに(英語もまともにまだ話せない)タイ移住を決めたか話したいと思います。

まず僕は幕末の維新志士が大好きです。世界の海援隊を志した坂本龍馬や、日本が開国することを訴え続けた吉田松陰、奇兵隊を率いるなど度重なるピンチを覆した高杉晋作など維新志士の生き様は心底かっこよく、僕はヒーローに憧れる少年のように感化されまくりました。

正直、ウィルフォワードと出会うまで、ずっともやもやしていました。「何か命を懸けて燃えるようなことがしたい!」と願いながらも、何に命を懸けてよいのかわからない。維新志士に憧れながらも自分は中途半端だと。特に現ウィルフォワード代表の成瀬にはもやもやさせられました。「あぁ、こいつは命を懸けて燃えているな・・・」って。学生時代からの付き合いなのでもう9年を数えますが、学生の時もサラリーマンの時も起業家になった今も変わらずに。

成瀬と肩を並べて仕事をするようになって

そんな成瀬と「大人げない大人たちの挑戦」と題したサークルを立ち上げ、Fit’sダンスコンテストで優勝して賞金100万円をゲットしたり、Doleダンス大使コンテストで優勝して87.7万円をゲットしたり、世界一長いクリスマスケーキ(125.1m)を作ってギネスに申請したりすることができました。

もちろんサラリーマン時代も仕事は一生懸命やっていたし、成果も出してこれたという自負もあります。とは言え、全て100%達成というかやりきってこれたかと問われるとまだまだなことはありました。だから、お遊びだし、小さなことではあるんですが、言うなれば「絶対にやる」と決めて、何が起きても「絶対に最後までやりきる」、そして「狙った獲物は逃さない」といった経験は大きな自信になりました。

コイツと一緒ならもっとデカいことができる。俺も命を懸けて打ち込める志に出会えると思い、サラリーマン時代に終わりを告げ、ウィルフォワードに参画することにしました(ウィルフォワードで働くということは就職するとかサラリーマンになるとかとは全然違うニュアンスだと思っています)。

命を懸けて取り組む志事

そして、文字通り命を懸けて取り組むべき仕事、いや志事に出会いました。それが今取り組んでいるkm(国際自動車)変革プロジェクトです。タクシー業界最大手の1社でグループトータルで1万名規模の会社に大きな一石を投じるプロジェクトに携わる機会をこのタイミングでもらえたことは本当に価値あることでした。

中途採用の改善に取り組んだので、最初は今まで培った人材ビジネスのノウハウをいかにkmで形にするかにとらわれていましたが、途中で「自分がもっとkmの人間になりきらないとダメだ」ということに気付き、現場のドライバーの声を聞いて、「本当はこうした方が良いけど・・・」を実現すべく枠を一つ一つ取り壊すことに取り組み始めました。一緒に仕事をさせてもらっているkmの人事メンバー(特にドライバー経験者の熱いみんな)は本当に素敵な人たちばかりで同志になれたことは僕の宝物になりました。

いつかは海外で勝負がしたい

そんな中、ウィルフォワードが3周年をむかえるタイミングで、4期をどうしていくのか事業計画を考える機会がありました。ウィルフォワードは会社ありき、事業ありきではなく、個人の志ありきで事業計画を立て、会社の方向性を決める組織です。

だから4期の事業計画を考えるにあたって、自分自身の4期を考える必要があり、そのためには「自分自身の20年後、10年後にどうなっていたいか」から逆算した「4期や5期はどうなっていたいか」を考える必要がありました。

実はずっと胸の中には「将来は海外で勝負したい!」という想いがありました。英語もろくに話せないし、どんなビジネスがいいのか?も全然わからない。考えることはできても答えを出す事はできない。「このままじゃ、絵に描いた餅・・・どうすれば、いいんだ!?」と頭を抱えていました。

やはり「将来は海外に移住してビジネスしていたい」は消えないので、そんな話を成瀬や平松に話しました。彼らはサラッと言いました。「じゃあ4期から海外でもいいんじゃない!?」って。一瞬、「えっ!?早くね!?」って思ったんですが、実績を作ってからとか、力を付けてからとかって考えていたら、いつかはいつまでもこない。だったら、方法論は見えていなくても何を達成するか(いつ海外に移住するか)を先に決めて、そこまでに全力で実績も準備もすれば良い。思えば、自分が達成してきた「大人げない大人たちの挑戦」は全てその流れでした。

やると決めれば道は開かれる

そんな流れで海外に進出することが決定しました。妻は僕のことを僕以上に理解し、支援してくれているので、二つ返事で「いいね!」って言ってくれました。そして、ご縁あって今、ビジネス視察で1週間、成瀬と二人でタイに来ています。

8年前に縁もゆかりも無かったタイに会社を作り、今ではタイに大きな工場を建て、タイで獲れた魚でタイ人と共に日本クオリティのしらすを作っている小松社長、大学卒業と同時にタイに移ってきて今では薬局を2店舗経営している飯田君、飲み会の席で会長から「タイ行くか?」って聞かれて酒の席ゆえに「行きたいです!」って答えたらそのノリでタイに移住してタイ人とみりんを作っている渡邉くん。みんな動きながら考えていました。

タイに来るきっかけは大それたものではなく、共通しているのは「行く」と先に決めたこと。そして、「成功する」と先に信じたこと。そして、今ではタイでしっかり地盤を固めて戦っている。「そうか、俺は頭でっかちになっていたんだな」と気付きました。だから、タイに移住する理由は一つ「海外を舞台に仕事がしたい!」から。

「いつか海外で、、、」なんて行っていたら、いつの間にか一生が終わってしまう。要は、行くという決断、覚悟があればあとはそれからで良いんだと。そういう理由で改めてタイに行くという決断をしました。

3人いれば世界が変わる

一人は思想家。次に過激派。最後に調整役。 この3人がいれば世界は変わると言います。明治維新を例にすれば、吉田松陰という思想家がいて、次に高杉晋作という過激派がいる。最後の明治維新以降の調整役の伊藤博文などがいる。この3役で言うならば、成瀬は明らかに思想家、そして自分の役割は明らかに過激派でしょう。

売上や時価総額といった資本経済の指標で世界一を狙うのではなく、「人々が幸せに生きる(働く)」ことに最も影響を与えた会社(というか組織)を志すウィルフォワード。その体現に向けて、世界への突破口を切り開くのは俺しかいない、俺の役割だと確信しています。

ということで、タイ移住を来年の春と決めました。それまでに今のプロジェクトで更なる大きな成果を出すこと、そしてしっかりと仕事を引き継いでいくこと、タイで何をするかを固めること、タイでの新生活に備えることをやっていきます。期限が決まるとすっきりして今以上に今のこともやれる気がします。

来年にはタイ人と一緒に肩を並べて仕事しているので、「英語」と「タイ語」の習得という新たな挑戦が始めます。日本にいるタイ人の知り合いとかいたら紹介してください!